織戸学物語

1991年4月号

ドリコングランドチャンプから
レーシングドライバーの道を
歩み始めた……ボクらの星でしたっ!
      

坂東商会に入った織戸選手に、坂東さんが言った言葉。

「FISCOを走っていて、オレが織戸に言ってんのは、
グリップの限界まで行けっていうこと。
グリップのラインってのは、すごくきれいなラインなんだよ。
そのラインを、限界以上のスピードで走るときに、
初めてドリフトが必要になってくる。
織戸には、あんまり手取り足取りで教えることってのは
ないんだけど、グリップ走行をイチから教えてる……」

で、あります。

けだし名言、であります。

 

グリップの限界のむこうに、ドリフトが存在し、
その領域のドリフトは、世界に通じる……。

これが、ドリコンGPの『信念!』でありました。

その『信念!』のラインを歩み始めた織戸選手。

 

……その後の活躍は、皆さんもご存知のことだと思います。

当時、織戸選手は『22歳』。

あれから早いもので、30年が経ちました……。

 



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初代ドリコンGPチャンピオンになった織戸選手

  ドリコンからレースへ進み始めた織戸選手
   
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