北海道アシリベツに遠征開催したCBゼロヨン!!

1987年10月号(アシリベツ)

大挙して本州マシンが殴り込んだ
アシリベツサーキットで開催された
北海道ゼロヨン……いやあ危なかった!!



                                      ©八重洲出版

1987年だから、今年でちょうど30年前のことになる。

それまで、ゼロヨンを開催するとなると、そのコースが問題だった。
谷田部の自動車試験場、そしてFISCOと舞台を移しながら
CARBOYゼロヨンを開催してきたが、北海道から一報が入った。
アシリベツにサーキットを建設したので、ここでやらないか?

ヨッシャッ! 行きましょう!! やりましょう!!!

という経緯で、実現の運びとなったCARBOYゼロヨンアシリベツ編。
下の記念写真を、じっくりと眺めていただければ、
北海道でいまも走っている現役ドラッガーの
30年前の姿が写っているはずだ(笑)

 

 

いまLDブロックを使ったメカチューンを製作している花山選手は、
ツインターボ仕様で3位をゲット。L型ブロックとRB26DETTヘッドを合体した
山平選手はランサーで参戦……その他にも、テンカウントの渕上選手や、
死喰魔のマシン、ワタやワークス、エキスパート等、その後の北海道の
ドラッグレースを牽引していくマシンやチームが参戦してくれた。

このときの感想を、後に上士幌に取材に行ったときに、
数名のドライバーに聞いてみたことがある。

「いやぁ、本州のマシンが過激でビックリしましたよ」
「CARBOYで見ていたけど、本当に速かったね〜」
「あれがあったから、北海道勢はいい刺激をうけたね」

その後、北海道のドラッグマシンはドンドンと過激化の
一途をたどり、パイプフレーム化も進行していくことになる。
その一方で、本州ではチキチキマシンが少なくなり、
お客さんのストックボディ改が主流になっていくのに対して、
北海道ではおもしろいクルマが続々と誕生していく……という、
逆転現象が起こるようになっていった。

ともあれ、出来たてのコース、停止距離も短いし、コース幅も充分ではなかった。
だけど、北海道に初めてできたコース、そしてその後、場所を移しながら、
現在でもドラッグレースが開催されていることを思うと、
このときのイベントが、なんらかの起爆剤になったんだなと、感慨深い。

註:画像は、拡大していただければ、かろうじて文字が読めるようなサイズに
してあると思うんですが……。よろしくお願いします。

上の左下に写っている連続写真は、BLAST Zが、側壁(盛土したもの)を駆け上がって行く様子。
脇田くんは、CARBOYゼロヨン史上最もクルマを壊している記録ホルダーです(笑)

上のページに掲載されているのは、当時制作されていた北海道産のチキチキマシン。
切った貼ったは当たり前、エンジンがコクピットに搭載されているスペシャルさに、
藤本はけっこうぶっ飛びました。そして、これらのマシンの後継マシンが、
自衛隊基地や上士幌等で、ドンドンと成長&進化していくことになる。

   









シェア
↑できるだけ、いろんな方に見ていただきたいので、
よろしかったら、お願いします。


TOPへ戻る

↑イロイロな記事がありますので、
Contentsページをご覧になってくださいませ!